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青木真也は美しい

プロレス×格闘技 創作


年明けからもうずっと気分が悪い。それにやけに落ち込んでしまった。原因は明白で、青木真也の個性の有り様が明確になったからだ。それは、ハッキリと自覚して、相手の体を壊す事が平気な人間が日本にいるという事実。そんな、私にとって何処まで言っても理解できない相手が、日本に存在する事に落ち込んでしまった。



青木真也廣田瑞人の骨を折る動画です。
自己責任で再生して下さい。


青木は明確な意志を持って、対戦相手の骨を折った。もし、相手も同じように、青木の骨を折るためにリングに上がったら、それは試合じゃない。リングと言う治外法権で、骨を折る行為を見せびらかす見世物だ。私の価値観ではそれは、スナッフものの裏ビデオの範疇にある。それは放送事故や裏ビデオとして面白いのは分かるが、青木が地上波で裏ビデオを放送できて当たり前だと思ってるとしたら、頭が悪すぎる。何百万人が見ていることを知っていながら、骨を折るとはそういう行為だ。しかも実際に骨を折ったのだから、相手にもその骨を折る価値観を強要しているということ。しかし実際に青木が考えていたのは、お前にそこまでの覚悟はないだろう?と言うことだと思う。それってしょせん、「どうだい俺はそこまでの覚悟があるんだ、スゴイだろうエッへん」以上ではない。価値観の強要なんて自惚れだからだ。つまんない人間だ。そういうダサイ人間が、物凄く喧嘩が強いって、たちの悪いチンピラと何が違うの。しかし相手もギブアップしなかったのだから、骨を折る価値観を共有していたのだろう。そこにおいて、青木の自惚れは勘違いだ。そもそも自分にしか興味がない青木が、他人を理解する頭があったなら、地上波で骨を折る映像が流せるなんて考えないだろう。


逆に、どうせカットだろうけど、自分のエゴを優先したのだとしたら、まだ分かる。自分がやっていることが裏ビデオである自覚があるだけ、まだましだ。が、青木が理解している社会が、ムカついたら動けなくなるまで殴ってもしょうがないし、自分は殴られたら殴り返す、とみんなが考えて生きているんでしょ?、って考えているのなら、日本はいつからゲットーになったんだ。青木はまだいい。プロアスリートだから。でも、それを地上波で流すと言うことは、プロ格闘家でも無い人間でも、ムカついたら殴る、世の中は拳の強いヤツの意見が通る、って事はみなさんご存知でしょうが、という価値観を流通させている事になるんだけど、自覚はどれほどあるんだろう。本当にそういう世界なら、「スゴイだろうエッへん」程度の底の浅い人間性の、面白いことを考えつかないダサイ人間の世界ってことになるんだけど。全然そんなことはないので、そういった価値観をみなさん持っているのが当たり前だというのは、ただ単純に間違っている。間違っているのに気がつかないんだから、ただ単純に頭が悪い。


ストリートの喧嘩とメンタリティは変わらないとは、こういう話の時によく出るフレーズだが、今ひとつ理解できていなかった。が、これでようやく分かった。青木がやったのは、自分の身を守る技術じゃなくて、相手を壊す技術。だから喧嘩と同じなんだ。リングの上では人を殺しても裁かれないが、裁かれないからと言って殺していいわけじゃない。青木はリング上なら、人を殺してもしょうがないと思ってる人間なんだ(そうしないと自分が殺されちゃうでしょって理屈)。そういう価値観のチンピラ同士の骨の折り合いは、裏ビデオでしかない。どんどん(俺の)口ぶりが、前田日明みたいになってきた。


本当に強い人は無闇に力を誇示しない。っていう言説があるけど、これは半分は本当で半分は嘘だ。一番強い人間は、躊躇しないで相手を壊す(殺す)青木だと思う。しかし、そこらのあんちゃんも青木真也だったら、それはゲットーの銃犯罪(相手を壊す技術=銃)の世界だろう。しかしそんな世界を日本人は望んでいないから、本当に強い人は無闇に力を誇示しない。という言説を、抑止力として流通させてわけだ。


それにしても、そんな事が、なんでこんなにショックなのかというと。ムカついたら、ぶん殴るってカードを社会人になってもまだ持ち続けている人間がいる事を許容しなくちゃいけないっていうのが、本当にめんどくさいから。そんなの海の向こうや、漫画や映画の話だと思ってた。実際には普通に生活していて、人を殴らなきゃいけない事なんて、極々限られた犯罪に近い行為なわけ。だからこそ、漫画や映画で溜飲を下げる。私は、アニメやゲームや音楽の影響によって犯罪を犯す。という言説を全く信じていなかったのだけれど。青木真也みたいな人間が世の中にいるのなら、漫画や映画のように人を殴りたくなったら殴る事になんの躊躇も無い人間って本当にいる、って事実を受け止めなきゃいけなくなる。殆どの人には影響が無いけれど、一部の頭のおかしい人は、ムカついた相手をぶっ殺す時に、アニメやゲームや音楽の真似をする事があるって言われたら、反論出来るかな。


子どもが、頭の中でいじめっ子を、スーパーヒーローのようにバッタバッタとなぎ倒す想像をして、ムカつきを抑えるのと、漫画映画は同じだと思ってるんだけど。実際にいじめっ子をナイフで刺しちゃういじめられっ子って、レアケースとしてはいるじゃない。うちの小学校にもいた。私は年を重ねるにつれて、そういった人間と出会う事が、どんどんなくなっていったため、大人になるに連れて、自分の暴力衝動を抑えられない人も、暴力衝動を飼い慣らすように、頑張って生きてるもんだと勝手に思ってた。間違ってた。大人になっても暴力衝動を抑える気が全くない人間もいる。超恐い。外歩けない。


2010年の格闘技界が俄に面白くなってきた。戦極がDreamが、人間同士の因縁のぶつかり合いじゃなく、頭のおかしい人間の見世物だったことが公にされた。いやみんな、自分の中の暴力衝動には気がついていた筈なんだ。そういった狂った人を見て、自分を相対化させていた筈だ。昔、亀田の試合に文句を言っている人たちが数多く居たが、そもそも格闘技を大好きな人間って言うのは、人前で惨めにぶん殴られる人間が見たいってやつが、長年興行を支えてきたんだよ。スポーツなんかじゃねーよ。野蛮だからじゃなくて、そんなものを見たがる観客の心が醜いんだ。そこがいいんじゃない。勿論その過程には、選手の一発逆転に同化して、俺の代わりにぶっ飛ばしてくれと応援するんだけど、その選手が夢を掴みかけたら一転して、努力なんて報われないでくれって、ゴミみたいな人生を見返してやる度胸がない人間は、祈ってしまうんだよ。世の中、頑張ったって無駄だって言って欲しんだよ。俺と同じはずだったやつが幸せになるなんて許せないんだよ。最低だろ。そういう人間性がむき出しにされるから、格闘技は面白いんだよ。青木はリングの上に紛れ込んだ、醜い観客の代弁者として、観客に自分自身の醜さを突きつけた。観客も青木も狂ってる。世の格闘技マニアは今、ワクテカが止まらないだろう。


明けましておめでとうございます。新年から、気分の悪い内容でごめんなさい。お父さんお母さん、こんな風にしか世界が見れない自分は今年もとても醜いです。