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おっさんドラマの24化


なんかパチンコのCM見てると
複線とか溜めって
どんどんいらなくなってるんだなって実感できる。
もちろんドラマもそうなってるわけだけど、
おっさん向けドラマとぶつかる訳でもなく、
サビだらけのおっさんドラマが
普通に数字とってる訳で
正味な話、それが正解なのだ。
ずーーっと音楽がかかっててウルサイし、
細かすぎるカットもウルサイ。
それが外ドラを真似て作った
おっさんドラマの現在地。


まー人間にドラマを持たせてた時代と違って、
システムや制度にドラマを持たせてるから
そうなってる訳で、
それ自体は、全然悪いと思わないが
外ドラの悪いところは真似する必要なし。
そういや、24みたいな画面分割って、
誰もモノに出来ない単なる一発屋だったな。


まず音楽は、常に緊張感があるから
結果的に音楽がかかってる訳で、
何も起こってない所でかけまくるバカはいない。
カットが細かいのは、その多くが群像劇だからで
複数の人間を描き分けるわけではないのに
バシバシ切り替えてたら、単純に感情も切れちゃう。
で、外ドラは終わりが有って無いようなものなので
人間が出てきては退場していくんだけど
日本では終わりに向かってドラマが出来てくから
群像劇に向かないし、
そこにタレントを配置していく為、
タレントを見た時点で大体分かってしまう。


つまり、
システムや制度にドラマを持たせる外ドラの手法で
日本的な人間のドラマを描いているから、
ブサイクなドラマができるんで。
その演出なら、タレントに頼らないで
独立した物語の集積としての群像劇を描けばいい。
それか、
タレントに頼った、旧来の日本のドラマの手法で
人間ドラマを描けばいい。


ただ、こういった試行錯誤から
金脈が生まれたら、確かにそれは素晴らしいし
真にハイブリッドな、ドラマが出来るなら
何をどのように描くかは、
お金をかけてチャレンジ出来る
テレビ手動のドラマの特権なので
絶対にオワタなんて言わせたくない。