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小学生と遊び発明といじめ発明

culture

さっき、奇跡的に普段だったら思い出さないような、
些細なことをかなり鮮明に思い出した
それは小学生のときの遊びの話。


いつごろ始まったのか誰が始めたのかは覚えてない
多分、最初は普通の鬼ごっこだったんじゃないかと思う。
授業と授業の合間の10分前後で鬼ごっこをし
鐘が鳴ったら、デコピンやしっぺといった罰ゲームをうける
といったやたら昭和臭い
その頃ならばよくあったであろう遊びだった。
教室中を逃げ回るのだから、それは目立つ。
というか目立つことが目的だったのかもしれない。
ただ小学生にとっては広めに感じたかもしれないが
教室は余りに逃げるスペースが少ない。
そこで生まれたのが、
その人の持ち物取り上げたら、鬼が移動するというものだった。
自分自身から離れたものにも
常に気を張って無くてはいけないという緊張感からか、
程なくしてブームになり、気が付いた時には
クラスの男子全員が参加するようになっていた。
というか、参加していない奴も、持ち物を取り上げられて
強制的に鬼にさせられたりして、参加を促されていた。
そうなると自分の持ち物を自分の傍に置いておくようになるのは必然だろう。
がっちがちに固めて、給食袋や書道の道具を左右の手に持ち
机にしがみついている防御に徹する奴や
冒険に出て、鬼のものをストックするという裏技を披露し
即効でそれは駄目だろと皆につっこまれているやつもいた。


その楽しさから物取り鬼ごっこは、授業中にまで及びだした
給食袋を引っ張り合ったり、
友達と連合を結び黄色い帽子を華麗に投げる技など
さまざまな伝説の名勝負がそこで生まれた。
しかし、この遊びの楽しさを阻害する要素も同時に生まれだしていた。


"力"だった


腕っ節の強い奴が、弱い奴から
上履きを脱がせる
体育着を取り上げる
鞄を隠す
というようなルールが無ければ
まるでいじめのような構図が生まれ
また他のメンバーからしたら、スリルや緊張感の無い
全然面白く無い遊びになってしまった。
そうなると、そういう馬鹿は鬼にしないようになり、
そいつはどんどん付け上がり、
無理矢理力を見せ付けるような
どうしようもない自体になり始めた。
なんとかそれに抗おうと、
運動馬鹿に力では勝てないため
下駄箱にまで行って靴を取ったり、
普段は自分のものだと意識していないモノ
例えば日直のやつの日直帳など
発想の転換で勝負しようとしたが、
ズルイとか教室が汚れるだの
馬鹿っぽい理由で即効で禁じ手になった。


そんな時、授業中に弱い奴のものを取り上げて
先生が後ろを向いている間に鬼まで投げるといった
腕っ節だけの馬鹿への目配せと、
見つかるかどうかギリギリのスリルといったものを併せ持つ
荒業を考え出した鬼才が現れた。
まるで出来る中間管理職のようだ。
しかし、これを発明した人もそれを望んでいたのかもしれないが、
よりギリギリを目指し、1週間も経たないうちに先生にバレ
程なくして、先生の悪口を言って終了という流れになった。
まぁ、空気の読めない奴がまだやったりして
苦笑いやスルーといった、こともあるにはあったが。
自体は収束していった。


終わり