ヴィジュアル系の起源。まとめ

http://d.hatena.ne.jp/ATOM-AGE/20070329/1175163115
まとめます。

X I'LL KILL YOU 1985/06
DEAD END DEAD LINE 1986/06
BUCK-TICK TO-SEARCH 1986/10
YBO2 DRY LUNGS 1986/ ? トランスレコード最初の作品
D'ERLANGER Girl 1987/02

ほぼ同時だ、やばいぞ80年代中期。D'ERLANGERは、1983年結成だけど…現メンバーが集まるのは1988年だから、ちょっと遅れたのか。そんでポジパンは、JAPAN、Bauhausが70年代後半なので、ポジパンが、日本に何らかの影響をもたらした可能性が高い。そしてGuns N' Roses「Appetite For Destruction」が1987年なので、Xが影響を受けているというのは、ちょっと無理がある。HANOI ROCKSの1st 2ndが1981年、1982年なのでこっちが、正しいのかもしれない。
参考資料:1991年2月20日発売の、[ロッキンf別冊 ストリートロックシーンの恐るべき子供達]における、Xのメジャーデビューおめでとうインタビューを読んでみたところ。

当時は完全にアイアンメイデンに感化されていた。(82')〜(略)〜その頃は、パンクと言ってもMODSしか聞いてなかったし、レインボーの「kill the king」とか「a light in the black」とか速い曲が好きで、もっと早くてもいいんじゃないかと思って…

高校の先輩だったトクオウさん(B)が、リップクリームのJNAJNAと同じ専門行ってて完全にパンクスになってた。それでパンクと交流が生まれた。〜(略)〜よくパンクバンドと対バンやってたけど、違和感は無かったな。〜(略)〜トクオウさんの友達で、ハヤシくんというパンクスが居て、彼にレコードを出さないかと言われて、なんかすごいなぁと思って(笑)

メイクやファッションの話しは無かったけど、Xはハードロックとメタル影響が強そうだ。パンクの要素は友達の影響っぽい。ポジパンの匂いは全くしない。つうかX自体がヴィジュアルじゃなくて、元々ジャパメタだったのかもしれない*1


次は、D'ERLANGER『LA VIE EN ROSE』を語るを読む。
だが、殆ど曲解説で、歴史的なバックボーンの話しは無し。ただ、途中でポジパンと言う単語を数回使っていた。言われて見れば『LA VIE EN ROSE』の1曲目のSEは、ポジパンっぽい。KYO曰く実験的にポジパンの要素を入れたらしい。DEAD ENDは86年〜89年まで三枚のアルバムを出していて、デラのラヴィアンが89年。ポジパンからの影響か、DEAD ENDからの影響かは分らないな。多分DEAD ENDじゃねえかな。

*1:ヴィジュアル的要素を途中から取り入れ出したのかも