猫にゃん殺投

(http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/770743.html)
記事のタイトルは、良く見かけたから、
凄く沢山の言及がなされている記事なんでしょう。
が、TVでまで、このような記事を取り上げていたので
(SPAのようなモノで)もう一通りの逡巡は終ったんだな。
と勝手に思い、僕ちんの考えを書きます。


僕は、猫にゃんが凄く好きなので
「何で殺さないけんくさ?」と、思いますが。
あ〜言う感じの挑発的な事を書く気持ちは理解できます。
だから、本当に殺していなくても、
そう言った事を、書いてもいいと思いますし。
猫を通じて、生かされること(戦時下)を
語っているようにも見えます。
でも、一度以上はホントに殺した経験があるけど、
理由は筆者が、書いているような理屈じゃなく
事故で殺した経験、でも可能で、
事故ならば、その時の背徳感をモチベーションに
書こうと思う事が、あるかもしれません。


それと、超普通の事かもしれませんが、
>避妊手術なんかされたくない、子を産みたい
と、同じように子育てもしたい、
と猫は、思うような気がします。飼い猫だもの。
でも、生かすのも殺すのも勝手ですし
避妊手術するもしないも、
特別、法律には引っ掛からない(多分)でしょ?
それも、人間の我侭であるように
猫の我侭で、人間の元から逃げないんかもしれんて。
究極的には、この人への印象から
プロフィールを経たりして、
好きか嫌いかって所に行くだけやん。


それでも、釣りでもなんでも無くて、この人は
書かなきゃイケナイ切迫感(とか強い理由)を感じたのなら
自分が猫を殺した事に対する罪の意識だと思う。
これは、人迷惑な懺悔だと。
僕は見た事無いけど、
この人は、神様に許して欲しいのだと思う。


それと、話は少しずれるが、
女性が対象になる時に、ほぼ絶対的に測られる天秤
『顔』について、
なんの忸怩もなしに言及出来る神経は、ちょっとどうかと思う。
とか書いた直後に、
「この人自身が、自分のリビドーをセーブする事に、罪の意識が在るんだろうな」
と、人格を無視してみたりして。