シン・ゴジラ

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 シン・ゴジラはあまりにも庵野の映画でした。そしてとても面白い特撮映画だったと思います。同時に、台詞とカットによって会議に次ぐ会議をテンポよく、或いは気持よく見せてくれると聞いていたので期待していたのですが、それは思ってたよりは(アニメの時よりは)キレッキレとは思いませんでした。動いていないものを撮っているとしても、撮影はアクションで、静止画と動かないものを撮っている動画が違うのを、誰に教えられたわけでもなく、見れば誰もが分かります。俺ぐらいの歳だとエヴァンゲリオンで始めて、(静止していても)カットが編集で超カッコイイものになってるのを見たんだし。最初に実写を撮った庵野監督が、子供がおもちゃを与えられたかのように手持ちカメラや長回しを乱用するのも分からんでもない。それも一周して、アニメも実写も編集でかっこ良くするってのは変わらない。また、カッコよさに酔っ払ってよく分かんなくなったまま、多くのそれ以外を受け入れてしまうこともあるから。かわいいは正義と同じように、カッコイイからってなんだっていいというのは無いです。決め画は惚れ惚れするほどよかったです。でも、それを持続させるには画面の遅緩を感じたということです。ただ、あの滑舌だと限界あるということなんでしょう。テンポで言えば、声に出して言いたい気持ちいい台詞にも乏しく、無人在来線爆弾くらいでした。あれは声に出して言いたい。また、肝心な所で長谷川博己の演説に全然鼓舞されなかったのも、あえてエンタメ性を排除してるのかなとも思いますが、人によっては超エンタメだという人もいるので、じゃあ肝心な所で脚本しくじってると思います。編集と台詞で言えば、アウトレイジ・ビヨンドがキレキレの編集だったと思います。これって好みですかね。多くの人が編集の力に目を向けると、俳優の滑舌問題に誰もがあたると思いますので、遠藤憲一とか木村拓哉とかは早いテンポに向かない人として、演技力の指針が更新されるのかもしれませんね。

それと全体的な古臭さも苦手でした。平成ガメラが乗り越えられなかったパトレイバー2映画をやっと更新したとは思うんですけど、今更だし。その70年代~80年代的問題系自体が、かっこ悪くうつる。それも1部で終わり、二部以降で見せる90年代的~00年代的なものも、ああ俺達の世代ってこんなにダサいんだなあ。と思いました。プロジェクトXシンドロームの行き先に、数年前の日本を事さらに持ち上げるテレビ番組の群れがあり、この映画もその付近にある訳で。そこはどうしても飲み込みづらい。逆に特撮部分のおたくっぽさは、こんなゴリゴリにやっても(意味を残して省略される撮影の逆)カッコよさが通じてるなら、それは最早おたくらしさではなく、邦画総力戦の結果なんだと思いなおさなくちゃいけないかもしれません。でもそれが海外に出て通じるかどうかは、慎重に見て良いと思います。

それでも特撮としてはもとより、邦画としてめっぽう面白いことは間違いないと思います。空撮による映像、ミニチュアで再現されたシーン。それらが組み合わされた、ディザスター映像。またそれらにはさまる、大小様々なカメラの映像。予算がどうこうとかを忘れて興奮します。筋立ても、こんなおたくっぽい映画なのに超わかりやすい。スクリーンを見ていれば、どうなったかは明確だし。それを受けた会議パートも、結局どうするかはハッキリと説明する。誰か悪者をこさえなくても、目的の為に団結するのでゴールが明確。前半の皮肉を除けば、それなりに誰の言い分も分かる。後から思えばおかしい部分もあろうが。全てその瞬間に最善の策を実行できるわけではない、っていうのが、嘘にならないギリギリのラインで担保された話運びになっていた。

それでもこれ俺がエヴァめっちゃ流行ってた時に思春期だったからなんじゃないの、世代が変わると、国が変わると全然通じないんじゃないのって思いが拭えないのも事実です。これが邦画の総力戦でなく、映画史を塗り替えるエポック・メイキングな新作であったらと思ってしまう。例えば中島哲也版の進撃の巨人がもし去年公開されていたら、シン・ゴジラってどう見えていたんだろうとか。新しさもふんだんにあったのに、見終わった後には、過去の遺産を総動員して最高のものを作ったが、新しい表現を見たという方向の感動を出来なかったという気分なのが正直な所です。

あとどうでもいいことですが、この世界にはゴジラ作品が存在しないんですよね。なんとなくだけど、ゴジラって明確な虚構があるからこそ、実際にゴジラが出てきたら、それを受け入れるのが恥ずかしいのが、大人の振る舞いなのかなって思ってた。