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近代的モラルの輪郭

culture

日本には武士道という、アメリカナイズされたフェアプレーからは最も遠い思想概念が存在する。民主主義社会における社会人としてのモラルをあえて近代と記すなら、武士道とは反近代だと言え。その時、近代と対峙する反近代は、醜態を曝してでも、負けを認めない覚悟をさす言葉にあたる。


しかし、反近代は悟り系東洋思想(ノーサイド、喧嘩両成敗)を宿しているがゆえ、近代的勝敗や強弱や優劣に重きを置くことなく、近代の勝利を前程としている。


とはいえ、近代の勝利を誰もが疑わない(受け入れる)かというと、そうとも言い切れない。近代が反近代を殺すつもりでいても、反近代は死を認めないからだ。ボロボロになりながらも立ち上がる姿に、人は感情を同一化させる。
武士道の求める唯一の「死」とは、ナルシシズムであり。美しい死が自死をも厭わない覚悟を持った時に始めて、近代は反近代を死に至らしめる事が出来る。


当事者を除いて、勝負に求める安心できるメンタリティーとは、
そういった形で訪れるノーサイドのショウなのだ。


「死」という勝利は今だに人を感動させ、
「死のエロティシズム」は日本人の集合的無意識に訴えかける。


 そもそも近代における勝敗は殆どの場合、強弱や優劣とは無関係で、
 勝敗のような二元の結論は、経済か政治上でしか成立しない。
  勝敗が齎す唯一の癒しは自己啓発なので、相手は人格を保証しない。
  それを経済や政治に回す力をカルトとか新興宗教という。


民主主義社会における社会人としてのモラルの輪郭に武士道が宿っている限り、
近代的モラルも、インモラルも捉える事など出来ようか。
近代的問題意識など、その殆どが無価値だ。


ドラマ見てても、アニメ見てても、Blog読んでても
自称モラリストばかりでウンザリする



銭の為になら人くらい殺すズラ。


  • 余談-


なんで銭ゲバがTVで放送出来るんだろうw
もうTVでやってる時点ですげーよ。めちゃくちゃだよ。


でも銭ゲバ的なモノだけがあればいいのかっていうと、
ありふれた奇跡的なものとセットであって欲しいと思うし。
だからといって、ありふれた奇跡的なものが今後生き残っていくには、
「死のエロティシズム」と無縁で生き続けるられるとは思えない。


しかもそれは、近代的モラルを反近代的モラルで是正したり、
 銭ゲバからスポンサーが降りたり
反近代的モラルを近代的モラルで評価するような。
 正しく生きて小さな幸せに感謝できるモノが唯一の"勝者"的価値観
俺の個人的感情で言えば、正気とは思えない形で結実するかもしれないんだから。