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オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

IS OTAKU DEAD YET?[↑B]

以下は以前私が書いた、オタクは死んだ発言についての文章の概略です

オタキングのイズデット宣言は完全に、宗教家の自己愛マッチポンプだと思います。おたくをアカデミックに捏造した彼からしたら、それはそれは感極まる自体です*1。だからこそ、何故泣いたのか分からないと言った、言説も出てくる*2。しかし、同時代にオタキングに冷めていた人間も*3、恐ろしい数いる。
おたくと言う名の右翼*4によるナルシズムの極まりが「自決」というのは、三島由紀夫太宰治尾崎豊船木誠勝〜hideに至るまで過去何度も繰り返されてきたナルシストの究極芸である。
ホモソーシャルな(右翼)集団が、集団自決を叫ぶ中、祖師が徐に立ち上がり、「私が一人で死にましょう」といった、ヒロイズムが全く無かったとは思えない。
「オタク」という近代*8が反近代に負けた姿をパッケージしたものが件の
ロフトプラスワンだったのでしょう。この場合、反近代の定義は「萌え」に当ります。だからこそ、「萌え」とはオカルトなのです。

オタキングの目には「萌え」によって「おたく」に戻ったように見えています。そして第一世代の屈託を抱えているから、オタキングはそれに納得できない。でもさ、オカルトだった「おたく」をアカデミックなステージに上げて、やれ文化だと近代的イメージを捏造し、大層なものにしたのは、岡田さん。あんたじゃないですか。

reborn?return?revenge? of the deadman[↑B]

衛星の彼方から眺めていながら、イベントでは当事者としての言葉も紡ぐ二枚舌によって、彼は徹頭徹尾おたくじゃなかった事が、これで証明された。彼も言い返さないだろう。今は。責任をとるつもりも無く、書籍化だけは先に話を通しておく。そういう人なんだ、彼はずっと。俺が嫌なのは<オタク>というワードが、一人で死なない為の装置として、機能してしまっている事。しかも、格好をつけて華麗に自殺する為に。こう言う奴には、最後が何度も訪れる。しれっとした顔で、また<オタク>語るぞ、こいつ。<オタク>がゾンビ化したら厄介だぞ。俺等は死んだ。と、開き直って、犯罪しても、オタクだからしょうがないって自分の口で、開き直るぞ。
一度BLOGやめた人がひっそり帰ってきたら、どんだけ最悪になるか想像すれば分かるでしょう。


http://d.hatena.ne.jp/ATOM-AGE/20060507/p2

低賃金で、勉強させてやってるとか嘯いておいて
俺から盗めとか平気で言うインチキ野郎のハッタリだ。
平気な顔して「おたく」とか書いてあるモンは信用しねぇ。