個人サイトで快適に暮らす為に。

ウザイ事と、自意識過剰と、もう一つ

id:kanose氏が

ネットをつまらなくしているのは自分語りを否定する奴だ
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20051201/mydiscourse
ARTIFACT@ハテナ系

において、過去記事の補足をしているのだが

自分の弱い部分をネットで公開するのはセキュリティホールになることは意識したほうがいい
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20051130/securityhole
ARTIFACT@ハテナ系

id:kanose氏が、考えていた反応・反論?とは
少しのずれが生じている様に感じた。
本来は「自分語り」という、
フォーマットの説明をしていく上で
 「自分語り」をワザと・アエて、BLOG内に忍ばせる事によって
 読んでいる人に、自分(管理人・中の人)の印象やプロフィールを
 意識的に扇動するという目的がある。
と、いう反論をされたかったのでは無いか、と思っていて。
「自分語りを否定するな」
ではなく、
「自意識だだ漏れさせてんだよ」
と言われた時に改めて、id:kanose氏が、
「自分語り」や「セキュリティホール」のフォーマットを越え、
構造的問題点を言及するに至るといった流れを、自分は予見していました。
 ただ、自分がそういった反応・反論を考えたから
 そう思っただけかもしれないけど。
  と、ちなみにコレは嘘なんだが。
  想像からの跳躍力という、言葉で書く事で
  一定のリアリティを読んでくれる人に持たせたいと考え、
  そういう言葉をつかう場合もあるわけだ。
   そして、そういった言葉が何度も反復される中で
   「全部、相対化してやる」になっていくんだけど。
   一人一人の考えているバランスが、
   必ずしも、過剰な相対化に辿りつく訳じゃない。

限定させない言葉使い

自分は、
>記事をダシに補足するだけなんだけど。
>意識したほうがいいよ
という、言い回しに、まだ言葉を胸に秘めていると感じた訳ですが。
上述したような、やり取りを経る事で、
BLOGを始める・続ける理由に
自分の気持ちを共有して欲しい欲求や
理解して、共感してもらいたいという情熱だけではなく、
読んでいる人をダマしたり、驚かせたり、
反応のコントロールをしたいという欲求も存在する。
と、言葉を繋げ、
はてなブックマークに置いての暴力的な言葉に
一定の抑止力を与え「自分語り」の強度を上げる、
という流れを考えているのではないか、と予想していました。
そうは、なりませんでしたが。
 テーマ内で言及している言葉ではなく、
 言葉使いや(一人称使いや)、取り上げるテーマによって、
 ある程度、自分の人間像を構成するスタイルもある訳で、
  他人との差異の自己演出に、情報を消費し
  既存のパブリックイメージを伴なわないと
  自己閉塞してしまうメンタリティ(動物化とかいうのか)
  を宿した人が(mixiはてな界隈に)多いと考えた場合(印象論っすけど)
  id:kanose氏の言及したい方向は、
  やはりこちらではないのだろうか。

或いは、世界観を限定させない。

自分の言葉を(意識的に)使っていなくても
ネトウヨ宛らアジったり、センチなポエムを書いたりする事で
自分のページカラーを設定した上で
更に、内容に凝って見たり、言いたい事や愚痴を言って見る
なんて人も、沢山いるだろうから
個人サイトを運営するにあたり、テーマがあったり
言いたい事や、やりたい事、目的がハッキリしているなら
もっと狡猾な、ふりをしろよ。って事なのかな。


俺が言いたいのは